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おわりに [対称性人類学]

狩猟と編み籠 対称性人類学2 (芸術人類学叢書) カイエ・ソバージュ  これを書き始めてもう4年以上経ってしまい、その間に『対称性人類学2』が出たり、合本で『カイエ・ソバージュ』が出たりと色々ありました。 最初は軽い気持ちで始めたので、こんなにかかるとは思っていなかったのですが。
 「あのことが書いてあったのはどの本だっけ」とか、中沢先生の本を色々ひっくり返して探したり、そうしているうちに新しい発見があったり。 先生が本に書いていることは、だいたい分かっているようなつもりになっていたんですが、改めて読み直してみると、 全然つかめていない部分も沢山あって考え直してみたり。 それから、ちょうどそのときに読んでる本が関係のあるものだったりと、書いている私自身はなかなか面白かったです。
 自分で読み返してみると、我ながら案外悪くないな、と思う部分もありますが、なんというか、俗流の不十分な理解に止まっているな、 と思う部分も多くあります。 映像作家の高木正勝さんとの対談の中で中沢先生はこんなことを言っているので、誤解も理解の一つということでいいのかな、と開き直っていますが。
高木 中沢さんの文章の特徴だと思うのですが、人に勘違いを誘発させるんですよね。(中略) たとえばそれまで日常に抱えていた疑問だとかが、一緒に文章に乗っかって、飛躍だけもらって、自分なりに解決されていく場合がすごく多くて。 中沢さんの本をかなり勘違いして覚えていたりするんですよ。(中略)
中沢 それは正しい読み方だと思いますよ (高木正勝,中沢新一,長谷川祐子「表現の新しい可能性 sound and image『Art Anthropology』創刊号 p.18)。
もし、私が書いたり引用した文章に興味を持った方は、中沢先生の著書を読んでみて欲しいと思います。 絶版になっている本も結構ありますが、古本や図書館で探してみて下さい。 そこにはきっと、ここに書いたことよりも「高次元」な世界が広がっているはずです。

 これを書くまでは気がつかなかったのですが、 『哲学の東北』は、 私が中沢先生の思想を理解する上で、かなり大きな役割を果たしていた本でした。 また、それに劣らず『虹の階梯』 という本も重要だと思います。 今回これを書いていて、先生の思想は、仏教という太い柱に支えられているのだ、ということをとても強く感じました。 この本は、中沢先生が仏教というものをどのように考えているのか、ということを知る上で欠くことのできないものだと思うのですが、絶版になっているのは残念なことです。 ただ、私みたいに書いてあることを「真に受ける」たちの人がこの本を読むと、 「今すぐ瞑想修行をはじめないといけいないのではないか」というような考えに悩まされるかもしれません。 そんな人には、次のダライ・ラマの言葉を。 ダライ・ラマ、イエスを語る (角川21世紀叢書)
 最初から、霊性の成長はけっして楽ではないと覚悟することが、とても大切です。時間がかかります。 短い間に急激に変われるとはじめに期待しすぎるのは、失敗のもとですよ(笑い)。進歩は時間がかかると覚悟しておくことです。(中略) それも、何年とか、何か月とかいうものではありません。短い一生などというものでもありません(笑い)。(中略) しかし、どのくらいかかるかなど、どうでもいいのです。 大事なのは、その人は一生の間に、どのように善くなれたか、ということだけです(ダライ・ラマ『ダライ・ラマ、イエスを語る』中沢新一訳 p.194-195)。
ダライ・ラマにこう言われると、ちょっと気長に気楽に構えられるのではないでしょうか。



 端木賜(子貢というのはその呼び名です)というのは、私にとってはこんなイメージの人です。
 子桑戸が死んだ。 葬式のすまないうちに、孔子はその死を聞いて、弟子の子貢しこうを手伝いにやらせた。 すると孟子反と子琴張のふたりがいて、(中略)声を合わせてうたっていた。(中略)
 これを見た子貢は、小走りに走りよってふたりにたずねた。
「ちょっとおうかがいしたいのですが、死人を前にしてうたうのは、礼にかなったことなのでしょうか」
 するとふたりは顔を見合わせて、にやりと笑いながらいった。
「この男には、礼の意味がわからんとみえるな」
 子貢は帰って、孔子に報告した。
「あのふたりは何ものでしょうか。 礼儀作法はまるっきりなく、なりふりをかまわず、死人を前にしながらうたい、悲しげな顔つきさえ見せないありさまで、まったく何ともいいようのない連中です。 (中略)」
 すると、孔子は答えた。
「あのふたりは世俗の外に遊ぶものであり、(中略)それなのに私がお前を弔問にやらせたのは、何としても私の不明によるものであった」 (『老子・荘子』森三樹三郎訳 p.270-271)
 また、こんな話もあります。あるとき旅に出た子貢は、水くみに苦労している老人を見て、楽に水をくむための機械があることを教えてあげます。 ところが、その老人は「機械を使うと、機械に頼るようになり、自然の道からはずれてしまう。その機械のことは知っているが、あえて使わないのだ」と言うのです。 子貢はとても恥ずかしく思って、孔子のもとへ帰ってからこのことを報告するのですが、 孔子が言うには「この老人も自然の道について半分しか理解していない人間で、本当に道を体得した人の行いは、 おまえにも私にも理解することなどできないだろう」と言うのです(『荘子』第十二 天地篇)。 これはおそらく、本当に道を体得した人間は、機械を使うとか使わないとかいうことにもこだわらないものだ、ということなのでしょう。
 ですから、私が端木賜という名前を使っているのは、先生の教えを深く理解できず、こんな風に右往左往している人間です、というような意味なのです。『荘子』の寓話の登場人物としての子貢はこんなキャラクターですが、実在の子貢という人は、孔子の高弟であって弁舌巧みな政治家であり、商才もあってひと財産を築いたらしいので、 こちらの方にはあやかれそうにありません。
論語 (中公文庫)  それと、タイトルの「述べて作らず」というのは、『論語』にある孔子の言葉です。 上の高木さんの言葉にもありますが、中沢先生の本を読んでいると、「飛躍だけもらって」思いつきで何の根拠もないことをいっぱい書きたくなってしまうので、 できるだけ『対称性人類学』の本文から離れないように、という自分への戒めとしてつけました。 それでも結構「作って」いるところはありますが、そういう部分は出来る限り、私個人の考えだと言うことを明示したつもりです。
 最後にまたひとつ「作って」しまうならば、儒教で言う「仁」というものも、ゾクチェンで言う「菩提心」と同じく、 対称性の論理ではたらく心のことを指しているではないか(少なくとも、深く関係があるのではないか)、と私は思っています。

おしまい。

中沢新一という人 [対称性人類学]

『カイエ・ソバージュ』がつくりあげられていく過程では、いままでになくたくさんの方たちの友情にみちた協力に助けられてきた。(中略) なかでも私が「縄文ドンキホーテたち」と呼んで尊敬している田中基さんと小林公明さんから受けた影響はそうとうに甚大で、 この人たちがいなかったら考古学はまだ私の内部で「実感の学問」とはならなかったのではないか、と思えるぐらいなのである(『対称性人類学』p.296)。
 これは『対称性人類学』の末尾(やっとここまで、たどり着きました)にある「謝辞」の文章です。 ここでは省略しましたが、田中さんと小林さんの他にも、 中沢先生が『カイエ・ソバージュ』を書き上げるまでに関わった沢山の方々に対して感謝の言葉が記されています。
 私は、ここで紹介されている田中基さんの姿を、中沢先生の講演があったシンポジウム(2008年9月21日「縄文と岡本太郎」)で初めて見たのですが、 迫力はあるけれど威圧感はなく、素朴でエネルギーに満ちている、という感じの方でした。 田中さんの話の内容もさることながら、その存在自体になにか少し感動してしまったことを覚えています。

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「働き者」と「穀潰し」 [対称性人類学]

 マルクスは(中略)、資本主義は自分が本源的蓄積という原初的抑圧によってなりたっているシステムであることを、忘れようとしているというのです。 つまり、原初的抑圧のシーンそのものを、もう一度「抑圧」してしまうことで、資本主義は希望にみちた昼の生活を続けることができているわけです。 じっさいその社会を動かしている労働者という存在は、 本源的蓄積のプロセスで「労働力のほかにはなにも持たない人々」につくりかえられた人間たちにほかなりません(『対称性人類学』p.291)。
 これは、資本主義社会が始まる前に行われた「本源的蓄積」について書かれた部分です。 ここの前の文章にも書かれていますが、「本源的蓄積」というのは、現在の資本主義社会が成立する前に、社会の一部の人に富が蓄積されたことを指すのですが、 そのことによって、少数の働かなくてもいい人(=資本家)と大多数の働かなくてはいけない人(=労働者)、 という二種類の人間から成り立つ資本主義社会が生まれたのでした。 かなり乱暴に単純化してしまえば、以前は同じ人間同士で成り立っていた社会が、「本源的蓄積」という事件の後には、二種類の違う人間に分けられた、 ということになりますが、資本主義社会自体はこの事実をなかったことにしてしまおうとしている、と言うのです。
「男はつらいよ HDリマスター版」プレミアム全巻ボックス コンパクト仕様<全53枚組> [DVD]  私は「消費者」という言葉を聞くと、(なんとなくですが)ここで言われている「抑圧」を感じます。 『男はつらいよ』の寅さんは、実家に帰ってくるとよく「労働者諸君!」と家の人に呼びかけていましたが、私が子どもだった昭和の時代はまだ、 一般大衆は自分自身を「消費者」としてよりも「労働者」として考えていたのではないか、と思います。 しかし、最近は一般大衆を指す言葉として「労働者」よりも「消費者」の方がよく使われているような気がするのです。
 試しに、ざっと読売新聞のデータベースで「消費者」と「労働者」を検索してみたのですが、 明治から昭和にかけてはそれほどヒット数に差はありませんでした。 しかし、平成に入ると「消費者」のヒット数が「労働者」の数倍になっていましたから、これは私の単なる思い込み、というわけでもなさそうです。
 これが、中沢先生の言う「抑圧」によるものだとすると、 それは(「資本家」と対になる)「労働者」という言葉が「本源的蓄積」を思い起こさせてしまうから、 資本主義社会は「消費者」という別の言葉で徐々に置き換えようとしている、ということになるのだと思います。
 以前の人々は自分たちのことを「働き者(=労働者)」だと考えていたのが、 今では「穀潰ごくつぶし(=消費者)」だと思っているのだとすれば、なんだか情けない話です。 しかし、『対称性人類学』を読んでいる方はお解かりになると思いますが、中沢先生は怠け者の資本家がいなくなって、働き者の労働者だけの社会になればいい、 と考えているのではありません。 「本源的蓄積」を正当化するのに「お金を貯めて資本家になれたのは働き者だったからだ」ということが言われていますが、 ここで使われているのも「働き者が得をするのが正しい」という考え方です。
 労働が正当に報われる社会を実現するということは、とても難しいことだと思いますし、もしかしたらそんなことは不可能なのかもしれません。 しかし、もしそれが実現したとしても、人間の心はそのことだけで満足するようには出来ていない、ということなのではないか、と私は思っています。

黄色い狐の王 [対称性人類学]

 王はかつての首長と同じように、社会的秩序を創出し、維持する働きをおこないますが、それを首長が持つことのなかった権力を背景としておこなうのです。 その権力を王はどこから手に入れることができたのでしょうか? もともとそれは自然の奥底に潜んでいるものでした。 そこにある力の源泉に手を触れることができるのは、かつてはシャーマンや戦士だけだったのですが、王は一人のシャーマンとして、 また戦士として力の源泉に触れ、それを携えて人間の世界に立ち戻り、社会の内部に力の源泉を組み込むことに成功した、と主張した人物だったわけです。
 (中略)それでも近代がはじまるまでの長い期間、自然の内包する神秘性にたいする感受性は、人の心からは消え失せることがありませんでした。 そのために、王権そのものが一種の「両義性」を帯びることになりました(『対称性人類学』p.280-282)。
 ここでは、「社会的秩序を創出し、維持する者」(=首長)と「自然の奥底の力の源泉に触れる者」(=シャーマン,戦士) の役割を兼ね備えているのが「王」であり、だから「王」とは二重の意味を持った存在だった、ということが言われています。 「王」が誕生する以前の社会で、首長や戦士やシャーマンがどんな役割をはたしていたのか、ということや、 それがどんな風に「王」というものに取って代わられていったのか、ということについては、 カイエ・ソバージュ・シリーズの『熊から王へ』 に書かれていますから、それを参照してください。
 ここで私がすぐ思い出すのは、私たち日本人の「王」である天皇のことです。 中沢先生は、天皇の「両義性」についての考えを、 『悪党的思考』の中で詳しく述べています。
 「なめらかな空間」は、ダイナミックな自然の運動に直接タッチし、またじぶんの「身体」という自然を抑圧するのではなく、 直接的に造型しながら生きていく人々の生のスタイルにつながっている。 中世に「職人」と言われた人々のおおくは、この「なめらかな空間」を生きていた (「江戸の王権」『悪党的思考』p.158)。

 天皇の古代的な権威を中心とする王朝権力は、この流動体をまるごとキャッチしてしまう方法で、この異質な空間、なめらかな空間を支配してきた。(中略) こういう流動体の支配のシステムは、精密な土地台帳をつくり、戸籍をつくり、土地から得られる収穫高を算定して、税をとるという支配のシステムとは、 大きなちがいをもっている。 流動体の支配システム、それは非農業民の生のスタイルを「王権」がとりおさえるためのシステムだ。 これにたいして、百姓的な生のスタイルを捕獲するための、別種の支配システムが存在する。 すでに仕切られ、コントロールされた自然を支配するやり方、といってもいい(「同上」『同上』p.163-164)。
 ここで言われている「なめらかな空間」が、シャーマンや戦士が触れていた「自然の奥底の力の源泉」ととても深く関係している、 ということは間違いないでしょう。 とすると、中世の「職人(非農業民)」というのは、ある意味ではシャーマンや戦士の末裔ということにもなります。
 また、天皇は農業民と非農業民を支配するために、それぞれ別のシステムを持っていた、と書かれていますが、 これについてこの本の別の部分(「歴史のボヘミアン理論へ」)では、「法治する王」と「魔術王」という「王」の二つの姿として描かれています。
 かつての首長やシャーマンたちが生きていたのは権力の生まれる前の世界ですから、「法治する王」は首長そのものではないし、 「魔術王」はシャーマンや戦士そのものではありません。 しかし、中世の天皇は、百姓(農業民)に対しては(どちらかといえば)かつての首長のような「社会的秩序を創出し、維持する者」の顔を見せる一方で、 「職人」たちに対しては、彼らと彼らの触れている「自然の奥底の力の源泉」を「まるごとキャッチ」してしまう「魔術王」のやり方で支配を行っていた、 ということのようです。
 ここまでは中世の天皇の話でしたが、中沢先生は小学生のとき目にした昭和天皇の印象について、こんな告白もしています。
 昭和天皇の乗った車は、ほとんど定時にやってきた。私たち小学生は一般の市民といっしょに日の丸を振りながら、「万歳」を連呼した。(中略) 私は最前列で旗を振っていたために、そのとき昭和天皇の表情や身振りを、はっきりと間近で観察することができた。 そして私は不思議な感動に打たれてしまったのである。
 なにかとてつもなく無垢なものが、自分の前を通り過ぎていったように感じたのである。 ずる賢い政治家が自分をたぶらかそうと揉み手でお迎えしようと、人々が世俗の力を得るために自分の権威を利用しようとしているのが見え見えであっても、 そんなことにはまったく無頓着な様子で超然とした静けさを保っているようななにかが、沿道に居並んだ人々に会釈をしながら通り過ぎていく。 それは理屈抜きに感動的な光景だった。
 (中略)小学生であった私は、隣で涙を流して感動している田舎の老女とまったく同じように、聖なるものが肉体性をおびている、 この原始的な宗教的権威のあり方に、深く心を揺さぶられてしまったわけである (『僕の叔父さん 網野善彦』p.113-114)。
 これは中沢先生が「自然の内包する神秘性にたいする感受性」の強い子どもだった、ということなのかもしれませんが、このことを家で話した先生は、 共産党員だったお父さんからひどく怒られることになります。
 しかし、私も子どもの頃にテレビで見た昭和天皇は、ほかのどんな偉い人とも異質な、なにか特別な人間のように思えました (自宅にはありませんでしたが、祖父母の家には皇室の家族写真が飾ってあるような環境で育ったので、一般的な感覚とはちょっと違うのかもしれませんが)。
 これは、現代でも日本人は、天皇というものをとおして、 「権力の源というものは自然の中にあって、それは世俗社会の外にある」ということを、かすかに感じている、ということなのかもしれません。

ポケットの中の野生 [対称性人類学]

 「心」の基体をなす対称性無意識の作動は、依然として私たちの「心」の見えない場所で活発に続けられているのです。 私たちの「心」の中で古代は生きているとも言えるでしょうし、変装した野生の思考が思いもかけない分野で活動しているのを、 人々が気づいていないとも言えるでしょう。
 それを引き出してくるのが、対称性人類学のつとめです。 私たちは後ろ向きの、過去にノスタルジックな視線を送るような学問をめざしているのではありません(『対称性人類学』p.267-268)。
 ここでは、現代に生きる「変装した野生の思考」ということが言われていますが、具体的な例が書かれてはいません。 しかし、このことを考えているときの中沢先生の頭には、そのようなの例の一つとして、 コンピュータゲームの『ポケモン』のことが思い浮かんでいたはずだと思います。 ポケットモンスター  赤 ポケットモンスター  緑 ポケットモンスター  青
 どうして『ポケモン』は、これほどまでに子どもたちの心をつかんだのか。 私たちはその理由を探っていくうちに、とうとう無意識の深い森にさまよい込むことにさえなった。
 (中略)虫取りや植物採集に熱中したことのある子どもは、本人は気づいていないかもしれないが、 その心の中にこの「森の神」のおぼろげな存在を感じ取っていたはずなのである。(中略)
 『ポケモン』は、コンピューターの中にそういう「森の神」の存在を感じさせるようにつくってある。(中略)
 『ポケモン』にとって、もうひとつの重要な考え方は、人類学のことばを借りて、「贈与の霊」と呼ぶことにしよう。 通信ケーブルを使っておこなわれる「交換」は、それに参加する子どもたちの心に、なにか「良いもの」がおたがいの間を動いていくような、 不思議な満足感を生み出しているらしい。(中略)
 そういう「森の神」と「贈与の霊」のふたつが、『ポケモン』の中では生きた活動をおこなっているように感じ取れるのだ。それは大人がつくった。 しかしそれを受け取った子どもたちは、みずから心の中で発芽の機会をうかがっていた「野生の思考」に絶好のチャンスの到来したことをすぐさま理解して、 積極的な利用法を開発しはじめた。(中略)
 不思議な光景ではないか。 小学校の四年生ぐらいをピークとする子どもたちの世界に、これほどまでの豊かさをもって「野生の思考」が繁茂している実情を、 ほとんどの大人は知らないままなのだ。(中略)
 この光景を見ていると私は、『平成狸合戦ぽんぽこ』という映画の印象的なラストシーンを思い出す。 開発を進める人間との死闘をくりかえしてきた狸たちは、とうとうその戦いが望みのないことをさとって、 人間の世界にまぎれ込んで生き延びるという道を選ぶことになる。 狸たちはこうして、電車にゆられて都心に通うサラリーマンに化けて生き延びることができた。 しかし、月夜の晩になると、狸たちはこっそりと近くの公園に集まって、しっぽを出して、狸踊りに興ずるのである・・・・・・。
 子どもたちは、この狸たちに似ている。 昼間は学校に通い、夕方は塾に通って、すっかりこの世界に同化しているように見せながら、親や先生の見ていないところでは、 小さなゲーム機をのぞき込んで、それと対話しながら、自分の中に眠っていた「野生の思考」が踊り出す、月夜の晩の神秘をこっそりと楽しんでいるのだ。(中略) 自分たちの中に潜む「人類のもっとも古い哲学の能力」に、語りかけようとしているのだ (『ポケットの中の野生』岩波書店 1997年 p.160-167)。
 この『ポケットの中の野生』という本が出版されてから、カイエ・ソバージュ・シリーズの第一巻『人類最古の哲学』の講義が始まるまで三年以上が経っていますが、 ここの文章をあらためて読んでみると、この二つの本は直接つながっているのだ、という印象を強く受けます。
平成狸合戦ぽんぽこ [DVD]  因みに、この本を書いた頃に中沢先生がいた中央大学は、『平成狸合戦ぽんぽこ』の舞台になった多摩丘陵にあります。 私も学生の頃は、大学の図書館の窓などから、多摩丘陵の緑と、その中に白い建物(ニュータウン)のある景色をよく見ていました。 私は今でもその近くに住んでいて、少し山の方に行けば、野生の狸に出会うようなこともあったりするものですから、この「狸」のことを思うと、なにか「人ごとではない」ような感じがするのです。
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